救急車を呼んで~!!!救急車を~!!!
ベッドに横たわる目の不自由(全盲)な女性がこちらに手を伸ばして必死に叫んでいる。
私はすぐには事態が呑み込めず、一瞬間、立ちすくんだ。
壊疽(えそ)が起こっているのか?
私の仕事は高齢者の方や障碍者の方への配食サービス、兼、安否確認(見守り)。
今の仕事に従事して3年ほど経つが、安否確認で問題が生じたことはほとんどない。
あったとしても、利用者の方が、玄関先やベッド脇で、転倒して立ち上がれなくなっているという程度のこと。
そんな感じなので、玄関に入って部屋のドアを開けるなり、救急車を要請されて大いに戸惑ってしまった。
早く、救急車を~、救急車を呼んで~
痛い!痛い!痛い!
と見えないはずの瞳をこちらにまっすぐに向けて叫び続ける女性。
はっと我にかえり、ベッドにかけより、どうしたんですか!と尋ねると、足が痛くて立ち上がることができないと訴える。
見ると両足ともほぼ左右対称に、すね全体とその周りが青黒く腫れあがっていた。
すねは、ところどころえぐれて出血の痕もある。
壊疽(えそ)???
と一瞬思ったが、そうでもないようで、素人目には判断がつかない。
ただ、酷い状態であることと、自分ひとりではどうにもならないことは分かる。
救急車を呼びましょう!
私は旦那さんのほうを向き、そう言った。
そう、さっきから女性の旦那はすぐそばにいるのだ。
不可解な旦那の言動
女性が寝てるベッドのすぐわきのローテーブルに座って真正面を見据えている旦那。
昨日の晩から足の痛みでベッドから起き上がれず、ずっと救急車を呼んでくれと言っていたはずの女性の声が全く聞こえないかのように平然として座っているのだ。
なんて冷たい人だ!!とは思わなかった。
というのも、彼も視力障碍者だからだ。
なので、私はおそらく彼は自分の奥さんがどんな状況にあるのかが、分からないのだろうと思った。
奥さんのほうは精神的に多少不安的なところがあるので、彼女の訴えを本気にしていないのかもしれない。
それで、私は状況を説明して、とにかく早く病院に連れて行ったほうが良いと言った。
ただ、私だけでは運べないから、救急車を呼ぶしかないと。
丁寧に伝えたのだが、それに対する旦那の反応がなんだかおかしい。
とにかく、救急車は呼んでくれるな、と言うのである。
なんだこの人は・・・と思い、もう一度、奥さんの状況を伝えたが、続く彼の言葉に事態は一変した。
刑務所に行くことになる
救急車を呼んだら、俺が捕まる・・・
これで3度めなんだ・・・
今度したら刑務所だって警察に言われているんだ・・・
なんと、女性の青黒く腫れた両足は旦那の虐待によるものだったのだ。
女性によると旦那に杖(ステッキ)でやられたというが、傷の具合を見ると杖で叩かれたと言うよりは、仰向けに寝ている女性の両足のすねを、うどんの生地を棒でのばすように杖でぐりぐりと執拗に押し付けた感じなのだ。
すねのえぐれ具合からみると、今は血で固まっていてはっきりは分からないが、もしかすると骨まで見えていたのではないか?と思われる。
ただ、その話を聞いて、壊疽ではないことが分かり、とりあえず命に別状があるものではないと少しほっとした。
それで、夫婦の担当をしているケアマネージャーに連絡し、あとのことは任せることに。
その後の詳細は分からないが、とりあえず、女性は旦那とは離れて暮らすことになったようである。
旦那に関しては、まだどうなるか分からない。
奥さんの傷を目の当たりにした者としては、障碍者であっても、1年ぐらい刑務所に入れても良いのでは?と思うが。
警察に通報することなく、刑事事件になかったら、旦那は何事もなかったかのように、今までどおりに生活する可能性もある。
刑事事件にするのは、ケアマネにとっても、奥さんにとっても、夫婦の家族にとっても不都合なことだろうから、そうなる可能性のほうが高いかもしれない。
もしそうなれば、私は奥さんに虐待した旦那と、これまでどおりほぼ毎日顔を合わせることになる。
旦那に同情の余地がないわけでもない。
全盲の奥さんを、ほとんど視力のない旦那が面倒を見る、二人暮らし。
旦那には相当なストレスがあったのかもしれない。
とはいえ、これが3度目というのだから、こうなる前にどうにかならなかったのだろうか?
イロイロと考えさせられるショッキングな出来事であった。