Devotion Log

日々聖書を読む中で学んだこと、考えたこと、また祈り

キリストの愛の実践

あなたを憎む者が飢えているなら、パンを食べさせ、渇いているなら、水を飲ませよ。なぜなら、あなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになり、主があなたに報いてくださるからだ。

箴言25章21-22節

学び

「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れ」(マタイ5:44)とイエスは言われたが、このような愛の精神は新約時代になって新たに始まったものではなく、旧約時代から変わることなく聖書に貫かれている精神である。

旧約時代も新約時代も私たちが守るべき最も大切な戒めは「神を愛し、人を愛しなさい」である。新約時代に新たに啓かれたことと言えば、それは「キリストが私たちを愛されたように、私たちも互いに愛する」ことであるが、その精神があればこそ「憎む者が飢えている時にパンを、渇いている時に水を」という愛の行為を実践に移すことができるのであろう。

そして、その具現がイエスのたとえ話に登場する「良きサマリア人」である。(ルカ10:25‐37)

祈り

自分を憎む者が飢えている時に食べさせ、渇いている時に飲ませること。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈ること。そのような愛の実践はあまりにも私には困難に思えますし、正直なところ、そうしたいとも思いません。しかし、私は自分の願うところではなく、神の願うところを求めて行きたいと願っています。そして、神のみこころに叶う願いをするならば、あなたはその願いを叶えてくださることを信じています。どうぞ、あなたの愛をもって人を愛することができますように。私の愛の力ではそれをできませんが、あなたの愛が私のうちに聖霊によって注がれていることを信じます。そして、その愛を持って人を愛することができることを信じます。どうぞ、私をあなたの愛を押し流す器として用いてください。