Devotion Log

日々聖書を読む中で学んだこと、考えたこと、また祈り

もはや私が生きているのではない

もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、神の御子に対する信仰によるのです。

ガラテヤ人への手紙2章20節

学び

「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられる」という聖句の「もはや私が生きているのではない」という言葉に、クリスチャンになると主体性を失うのか?と誤解し、心配する人もあるかもしれない。

しかし、決してそんなことはない。「私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きている」とは別の言い方をするなら、それは「古い自分は十字架に死に、新しい自分が復活の主とともに生きている」と言うことだ。

むしろ、クリスチャンになることで、私たちは本来の姿へ戻るのだから、もっと主体的に自分らしく生きることができるのだ。

祈り

私がイエス様を信じたその時、古いものは過ぎ去り、すべてが新しくなったことを感謝します。もはや、私はすべての罪の縄目から解き放たれ、自由の身とされました。そして、今、死を恐れることなく、天国の希望を持って生きることができます。あなたの大いなる恵みに感謝します。

今、私は新しくされた者として一歩一歩前進していますが、どうぞ、あなたご自身がその歩みを確かなものとしてください。そして、行く先々においてあなたの生きておられることを体験することができますように。あなたのみことばによって、私を日々造り変え、あなたの栄光を現わすものとしてください。