Devotion Log

日々聖書を読む中で学んだこと、考えたこと、また祈り

イエスのように祈る

だが、イエス自身は寂しいところに退いて祈っておられた。

ルカの福音書5章16節

学び

イエスの生涯は「祈り」の生涯であった。ある時は暗いうちから起きだし、またある時は暗くなるまで。寝食を忘れ、汗と涙を流して祈られた。私たちはキリストに似るべくものとして召された者。であるならば、祈りの生活においてもイエスに似るものとなる必要があるのではないか?いや、祈りの生活においてイエスに似る者とならなければ、日々イエスの似姿へとは変えられないのではないだろうか?イエス様でさえご自身の使命を果たすために、質量ともに最高度の祈りを捧げる必要があったとするなら、私たちにおいてはなおさらではないだろうか?果たして、これらは実践不可能なことだと、はなから無視してもよいことだろうか?そのことを覚えつつ、自らの祈りの生活を省みよう。

祈り

自らの祈りの生活を省みる時、なんとその量の少ないことでしょう。なんと、その質の低いことでしょう。ただただ、恥じ入るばかりです。どうか、私にも祈ることを教えてください。あなたのような祈りが捧げられるように助けてください。もっともっと祈りの重要性、必要性に目が開かれ、祈りの生活を追求する者としてください。祈りに全身全霊を捧げる者としてください。あなたが朝に夕に、時には寝食を忘れて祈られたように、人々のためにとりなす者としてください。私はあなたのように祈る者となり、あなたのように生きる者となりたいのです。