Devotion Log

日々聖書を読む中で学んだこと、考えたこと、また祈り

聖霊によるのでなければ

神の御霊によって語る者はだれも「イエスは、のろわれよ」と言うことはなく、また、聖霊によるのでなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできません。

コリント人への手紙第一12章3節

学び

私たちは自分の意志で神を信じたと思っているかもしれない。しかし、実はそうではない。なぜなら、「子(イエス)と、子が父(神)を現わそうと心に定めた者のほかに、父を知っている者はだれもいない」(マタイ11:27)からである。同様に「聖霊によるのでなければ『イエスは主です』と言うことはできない」。私たちはただ神の恵みと憐みにより、聖霊によってイエスを主と告白することを許され、父なる神を信じることを許されているのである。それは自分の知恵や力によるのではなく、自分の意志によるのでもない。それは神の恵みの選びである。逆に言えば、イエスが救い主であることを心から信じているならば、それこそが、私たちの内に聖霊が住まわれていることの証なのである。

祈り

私はただあなたの恵みの憐みによって、イエス様を救い主として受け入れ、父なる神様のもとに帰ることができたことを感謝します。御霊に属することは御霊によって判断する(1コリント2:14)とありますが、私は自分の知恵や力では霊的な事柄を正しく知ることはできません。どうか、私を聖霊で満たしてください。本当に大切なものが何であるかを見極める力を与えてください。目に見えるものではなく、目に見えないものにこそ重きを置く人生を送らせてください。私は常に霊的成長に役立つことを求めていきます。

参考

わたしを遣わされた父が引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとに来ることはできません。わたしはその人を終わりの日によみがえらせます。(ヨハネの福音書6章44節)