Devotion Log

日々聖書を読む中で学んだこと、考えたこと、また祈り

私たちは何者なのか?

聖徒たちが世界をさばくようになることをあなたがたは知らないのですか。

コリント人への手紙第一6章2節

学び

ヨハネの黙示録20章4節には次のような言葉が記されている。「私は多くの座を見た。それらの上に座っている者たちがいて、彼らにはさばきを行う権威が与えられた。」裁きを行う権威を与えられた者たちとは「聖徒」のことである。すなわちクリスチャンだ。「多くの座」とは「王座」のこと。イエスは弟子たちに「わたしの国で私の食卓について食べたり飲んだりし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族を治めるのです」(ルカ22:30)と言われた。その王座から世界を裁く者となるのがあなたがたであるとパウロは語ったわけだ。さらには御使いたちをも裁く者となると(1コリント6:3)(※ここで言うところの「御使い」とは「堕天使」のことだろうか?)。パウロは当時のコリント教会における問題を解決するために大事なこととして、自らが何者であるかを知ることの大切さを教えた。私たちもまた人生において生じてくる様々な問題に直面する中、自分が何者であるかを知ることは大切である。私たちは新天新地(神の国)においてイエスとともに王として治める者として選ばれた。その真理を胸に地上での人生を誇りを持って生きよう。

祈り

聖書には「私たちの一時の軽い苦難は、それとは比べものにならないほどの重い永遠の栄光を、私たちにもたらすのです。」(2コリント4:17)とありますが、その「永遠の栄光」がどれほど素晴らしいものであるかを私が理解することができますように(エペソ1:18)。新天新地(神の国)を相続するだけでなく、キリストとともに王として治めるというはかりしれない栄誉に浴することができることの偉大さを知ることができますように。どうか、栄光に満ちたこれらの約束を私が忘れることなく、胸に誇りを抱き、地上での人生を歩むことができますように。王の王、主の主であるイエス様がこの地上において、しもべとして歩まれたように、私たちもしもべとして生きていきます。アーメン。