Devotion Log

日々聖書を読む中で学んだこと、考えたこと、また祈り

過ぎ越しの生贄としてのイエス

これは一つの家の中で食べなければならない。あなたは家の外にその肉を一切れでも持ち出してはならない。また、その骨を折ってはならない。

出エジプト12:46

学び

冒頭の聖句の「これ」とは「過ぎ越しのいけにえ」のこと。神は過ぎ越しのいけにえとして捧げられる羊の骨を折るなと命じられた

イエスの愛する弟子ヨハネはその福音書の十字架の場面で「イエスのところに来ると、すでに死んでいるのが分かったので、その脚を折らなかった*1」(ヨハネ19:33)と記した。

この出来事については共観福音書の著者たち(マタイ、マルコ、ルカ)は触れていない。ヨハネの福音書のみである。

バプテスマのヨハネ(12弟子のヨハネとは別人)の口をとおして「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」と言わしめた彼は「イエスの骨が折られなかった」という出来事をとおして、イエスは「過ぎ越しのいけにえ」として、私たちの罪を贖うために来られたことを今一度伝えているのである。

祈り

イエス様、あなたは私たちを永遠の死から救いだすために地上に来てくださいました。私たちの罪を贖う永遠のいけにえとなるために私たちと同じ肉体をまとってくださいました。

あなたが十字架で流してくださった血によって、私たちは聖なる者とされました。そして、その血を携えて父なる神に近づくことができます。真の礼拝者として神に仕えることができます。

あなたの大いなる恵みに、あなたの大いなる犠牲に、心から感謝します。私たちがこれからも永遠の門であるあなたの内にとどまり続けることができますように。門から出て「血の守り」の外に出ることがありませんように。主よ私たちに正しく恐れる心を与えてください。

 

*1:十字架刑はそのままにしているとなかなか死に至らないので、足を折ることによって、その支えをなくして窒息死させる