Devotion Log

日々聖書を読む中で学んだこと、考えたこと、また祈り

罪悪感からの解放

彼らは互いに言った。「まったく、われわれは弟のことで罰を受けているのだ。あれがあわれみを求めていたとき、その心の苦しみを見ながら、聞き入れなかった。それで、われわれはこんな苦しみにあっているのだ。」(創世記42:21)

学び

罪を犯すと罪悪感が生まれる。そして、その罪悪感は生涯私たちにつきまとう。ヨセフ物語における兄たちはその良い例である。

彼らはまだ少年だったヨセフを外国人に売り飛ばして後、事あるごとに、もしかしたらこれはヨセフに対してした悪いことの罰なのかもしれない、と思っていたに違いない。これもまた悪いことをしてはならない一つの理由とも言える。

人を傷つける時、実は自分自身も傷ついてしまうのだ。しかし、私たちは無知が故に、また弱さの故に罪を犯してしまう。そして、様々な罪悪感を抱きながら生きざるを得ないあわれな存在であることも事実。

だからこそこの領域においてもイエス・キリストの十字架における赦しを受け入れることに大きな意味がある。私たちはイエスを救い主と受け入れる時、その罪が赦されると神は聖書をとおして約束しておられる。それは私たちを今まで苦しめていた罪悪感からの解放でもある。